凍結肩(frozen shoulder)とサイレント・マニピュレーション
凍結肩とは
五十肩と呼ばれる肩関節周囲炎の患者さまのなかに、自然経過で軽快せず、長期間にわたり肩関節の硬さ(拘縮)により肩が上がらない(腕が上がらない=挙上不能)状態になってしまう方がおられます。この状態を凍結肩と呼びます。
五十肩は自然経過が良好と一般的には考えられています。確かに、痛みはあるけど肩(腕)は上がる、つまり可動域制限が少ない患者さまは多いです。しかし実際には、時には年単位におよぶような長期にわたり痛みに悩まされる患者さまも存在します。
そして肩の痛みでお困りの方の一部は、慢性的な肩の関節可動域制限(肩関節拘縮)のある状態となり、腕が上がらないから洗濯物を干せない、頭に手が届かないから髪を触れない、腰に手が届かないからエプロンの紐が結べないといった凍結肩と呼ばれる状態になってしまうことがあります。そうなると、スポーツや仕事はおろか、家事などの日常生活にも大きく支障をきたしてしまいます。
凍結肩の原因
機能障害による炎症→痛みのため動かさない→関節が硬くなる(拘縮)→炎症→・・・の悪循環が原因と考えられています。
肩挙上不能の原因となる疾患
肩の挙上には、その腕の力のみで挙上する「自動挙上」と、もう片方の手や他人に挙上してもらう「他動挙上」があります。凍結肩は肩関節がガチガチに硬くなる拘縮ですから、自動挙上も他動挙上も制限されてしまいます。「肩が上がらない」「腕が上がらない」という患者さまの診察時に考慮すべき、凍結肩以外の肩挙上不能の原因として、以下の疾患が代表的です。
・肩甲骨関節窩骨折、上腕骨近位骨端線離開などの外傷(痛みを伴う、痛みのため自動挙上も他動挙上も不可能)
・腱板断裂(高齢者では痛みを伴わないことが多い、上腕二頭筋の筋力低下や知覚障害なし、自動挙上不能だが他動挙上は可能)
・第5頚椎神経根麻痺(C5麻痺)(痛みを伴わない、上腕二頭筋の筋力低下や知覚障害あり、自動挙上不能~弱いが他動挙上可能)
・肩関節外の関節や筋肉の拘縮(自動挙上も他動挙上も不可能)
胸鎖関節、胸肋関節、肩甲骨周囲筋、上位胸椎、大胸筋を関節外モビライゼーション(徒手的に関節を動かす)すると肩関節挙上が可能となることがあります。
・神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)(自動挙上は弱くなるが他動挙上は可能)
※神経内科疾患ですが、整形外科を受診する方が多いためご紹介いたします。
片側の頸部・肩・上腕の神経痛で発症し,疼痛は数日~数週間持続。疼痛の軽快後に同側上肢の筋萎縮と麻痺が出現.中年以降の男性に多く,ウイルス感染,労作,スポーツ,外傷,外科手術などが誘因となることが多い。感覚障害はあっても軽度。腕神経叢上部の障害が推定される症例が多い。肩甲・上腕部の筋萎縮を特徴とし,棘上筋,棘下筋,前鋸筋,菱形筋,三角筋,上腕二頭筋等が罹患しやすい。
凍結肩の治療
凍結肩(肩関節拘縮)が起こってきたら、まずは肩関節の可動域訓練や肩周囲筋のストレッチ、関節外モビライゼーションなどのリハビリ(通院および自主練習)や、炎症を抑えるための鎮痛薬、物理療法、肩関節内注射(例えばトリアムシノロン20mg+局所麻酔または生理食塩水8ml)などの治療を行います。このような治療を継続しても数か月~1年ほどで改善しない場合や、凍結肩になってから時間が経っている場合、患者さまが早期回復をご希望の場合などは、マニピュレーション(関節受動術)を行います。
マニピュレーションには、当院の外来で行うことができる日帰りのサイレントマニピュレーションと、入院と全身麻酔が必要な関節鏡視下関節受動術があります。いずれの治療も拘縮の再発の可能性があり、施行後も十分なリハビリが必要となります。
サイレント・マニピュレーションとは
エコーガイド下神経根ブロックで肩を確実に麻酔し、非観血的関節受動術を行う方法をサイレントマニピュレーションと呼びます。
超音波診断装置(エコー)の進歩は、疾患の診断だけでなく、治療法にも大きな変化をもたらしました。以前は入院や手術が必要だった難治性の凍結肩を外来で簡単に治療できるようになりました。エコーガイド下で肩関節を支配するC5、C6神経根の精度の高いブロック注射、肩関節内注射を外来で正確に簡単にできるようになったため、安全で確実な無痛の「サイレントマニピュレーション(非観血的関節受動術)」が可能となりました。
サイレントマニピュレーションの際は、エコーガイド下にC5・C6神経根周囲に1%メピバカイン(商品名カルボカイン)10~20mlを注入し肩周辺を麻酔します。
麻酔の効果発現まで約15分待ちます。麻酔が十分に効くまでの安静肢位は座位とします。臥位では呼吸苦が生じることがあるためです。麻酔後は、肩や肘に力が入らない状態になりますので、当日はご自身で車を運転して来院いただくことはできません。麻酔がかかっていると硬い肩を動かしても痛みを感じなくなります。
サイレント・マニピュレーションの実際
①肩外転位で外旋を加えながら、ゆっくりと最大挙上位へ
このとき、腋窩の関節包が下方から前方へとミシミシ断裂していく感触があります。
②次に外旋しながら、ゆっくりと下垂位へ
前方の関節包が、下方から上方へと断裂していく感触があります。
③次に水平内転で後方の関節包が断裂し、
④続いて内旋を加えると後下方の関節包が断裂します。
⑤最後に伸展・内旋(結帯肢位)を矯正していきます。小さくなった肩峰下滑液包の破れる感触があります。
術後、エコーで肩外転に伴い肩峰の下に大結節が滑り込む様子を確認します。(術前は関節包の短縮に伴い上腕骨頭が持ち上げられているため、外転で肩峰に大結節が衝突することが多いです)
痛み止めとして、エコーガイド下(交差法)で肩の後方から関節内へ1%メピバカイン10mlとトリアムシノロン40mgを半分ほど注入します。
注意:骨粗しょう症の患者さまでは骨折のリスクが高いため実施できません。骨粗しょう症が疑われる方では、まず骨密度検査などを行ってからサイレントマニピュレーションが可能か判断いたします。
治療後は腕が上がらないため三角巾固定で帰宅します。翌日からリハビリ加療を始めます。この処置はあくまでも肩関節を動かすための基盤を作るもので、可動域を改善するにはその後のリハビリ加療が最も重要となります。